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わたぬ

原作 シャイニー RYOKER

作 マー


 最近のきかさんは可哀想に見える。
 だって見かける時はいつも泣いてるんだよ。あのきかさんが、ずっと顔を伏せて。
 理由は、私にはわからない。
けど、いつも泣いてて可哀想。
 話しかけてもきかさんは何も言わない。でも、ほんのたまにだけど答えてくれる。一瞬だけ、今まで泣いてたとは思えないぐらい明るい表情をこっちに見せて、一言だけ
 「わふ」
 と言ってまた顔を伏せて泣き出す。意味の無さそうな言葉と別人になったかのような表情、不気味、不気味なんだよ。
 何考えてるんだろう。
 なんで泣いてるんだろう。考えても分からない。



 わふ。



 その日は、明日きかさんに訊こうと思ってた。一日中バイトだったからきかさんを見かけることも無かったし、メールを送っといた。
「明日ちょっとサイゼで話さない?」
 って。
 でも、きかさんからの返事は無かった。一応スタバに行ったけど、来なかった。
 なんでだろう。本当に何があったんだろう。まさにどういうこっちゃって感じ。
 でもその日は、いつもの事だからって大して気にしなかった。

 その後、きかさんからのメールは何日も来なかった。見かける事もなくなった。
 大丈夫かな。



 わふ。



 何年か経って分かった。
 でも、最初っから分かってた。
 きかさんは死んでた。
 私は、泣けなかった。



 わふ。




 私がこんなことしなけりゃ。こんなことにはならなかったかもしれない。
 ごめんよ、きかさん、ごめんよ。何年も付き合わせちゃって。ちゃんと埋葬もできなくて。お骨を持っていけなくて。私がちゃんと自首できなくて。
 何回も繰り返したこの茶番。



 わふ。




 私がきかさんを連れてきた夜。着いて早々ベッドで寝ちゃったきかさんを見て、私どうしていいか分かんなくなった。だからベッドで一緒に寝たんだ。こっそり夜這いもしたけど、バレないかなっていう不安とそれ以上のドキドキがスリル満点で、ワクワクした。
 次の朝私が起きても、きかさんは寝てた。目も口も開けたまま寝るって珍しすぎるよ。ちょっと笑っちゃう。
 扉も窓も、一切閉ざされた。映画でよくある木の板かなんかで扉を封じるアレ。それがされてた。
 でも実は見ちゃったんだよ。夜中に目が覚めて。それ管理人さんが取り付けてるの。
 どこにそんなスキル持ってたのってぐらいだったけど、チラッと見た管理人さんがあまりにも死んだ表情をしてたから怖くてその時は寝ちゃった。
 もう外には出れない。仕事にも行けないし、食べ物も飲み物も今ある分だけ。
 でも、それでも私はいいよ。きかさんと二人っきりでいれるんだったらね。



 わふ。



 きかさんが臭くなった。相変わらず一日中寝てるけど、部屋はきかさんの匂いが充満してる。でも私はそれも愛おしい。それも含めて、きかさんを愛しているもの。
 今日は、鯖サルサの要領で作ったきかさんサルサ。絶対に美味しい。



 わふ。



 きかさんも骨だけになって随分経った。
 もう何年経ったかな。電気も水道もガスも止まったし、二週間ぐらいの妄想遊びも物語が勝手に進んで終わっちゃった。
 やる事がなくなっちゃった。


 わふ。



 出口を封じれば殺されないかと思ったか、管理人。



 準備が整ったら、次のきかさんを探そうかな。
 次はどんなきかさんに会えるかな?



「わふ」